コーヒーと失恋話 連載第5回
新宿靖国通り沿い、ネオンの看板が目印の新宿DUGは1961年から営業している老舗のジャズ喫茶だ。ピカデリーの隣の地下に佇むそこはレトロでジャジーな空間。人通りの多い都会の雑音に疲れてしまったら、ここに逃げ込むのもいいかもしれない。地上からは見えないけれどこの階段を下っていけば、そこには別世界が広がっている。
あれ? 本格的なジャズ喫茶に少し躊躇していますか?
ジャズに詳しくなくても大丈夫。まずは肩の力を抜いて、コーヒー一杯から始めてみましょう。
一人ぼっちだって、大丈夫。
カウンターに座れば、気さくでお茶目なマスターが仲間に入れてくれるはず。
お昼に行けば喫茶店、夜に行けばバーでお酒もいただける。
普段の自分だって忘れて、今の気分に身を任せよう。
この場所の楽しみ方は自分で決めてね。
オトナってそういうものでしょう?
20代前半に仕事をやめた後、少し遊ぼうと思っていた時期にDUGでバイトを始めたのがきっかけで初代マスターであり父親の中平穂積さんの後、店を継ぐことになったという。
この場所が気になってたけどずっと入るのを躊躇っている人もよく聞くね。外からは中が全然見えないしね。
でも、気になったら入ってみなきゃ。入り口で立ち止まっていたら、何も始まらないよ。
入ってみて、合わなかったらそれはそれでいいんだから。
ただ、中に入ったら喜んでくれる人が多いよ。一歩入ったら、ここには異空間が広がってて、やみつきになる人が多いんだよ。最近は女性の一人の方も多いんだ。
今は、ヘッドホンとかイヤホンでもいい音は聴けるかもしれないけど、この空間で音楽を聞くのは、やっぱり一味違うんだよ。温かみっていうのかな。うちはジャズ専門店だけど、もちろんジャズに詳しくなくてもいい。
入る前に、ハードルを上げずに、音をただ楽しんでくれればいいんだから。
気になるなら、やっぱり一歩踏み出す勇気をもつことだよ。
カウンターに立ってるとね、本当にいろんな人に会うよ。
一人でジャズを聴きに来た人、デートで来た人、仕事帰りの人……。
本当にいろんな人がくるから、世の中の情報の収集には手を抜かないね。山梨からわざわざ毎週日曜日に来てくれていた人もいたね。その人は有名な歯医者さんで、地元ではどこいっても顔を知られていて飲めないから、ここに来てくれていたのかもね。人にはそれぞれここにくる理由がある。
緊張? あんまりしないな。初対面だからって他人を怖がる必要はないじゃない。もし自分の知らない世界の人なら、シンプルに分からないことを聞けばいいんだよ。それに質問した方が相手も話してくれるしね。相手を知らなくても好奇心を持てば、会話は十分楽しめるよ。
もちろん、一人の時間を楽しみたい人もいると思うから、その人によりけりだけどね。
同じジャズの音楽に身を委ねていても、色んなことを考えている人がいるから面白いね。
仲間と来るのもいいけれど、一人で来るからこその出会いもあるよね。カウンターで隣り同士になった初めましてのお客さんが仲良くなったりね。
どんなに親密な人がいても、自分の領域をもっていることが、良い人間関係を築くコツじゃないかな。誰か一人や、一つの物事に依存しすぎるのは窮屈だし、クールじゃない。
自分の領域があるから、他人と共有できるものがある。一人でも大丈夫だっていう心構えがあるだけでずいぶん楽になると思うよ。
大切だけど、いつも一緒にいなくてもいい。そんな兄弟みたいな関係性はずっと続くから素敵だと思うね。
Q1)好きなメニューは?
—水だしアイスコーヒー
Q2)好きな席は?
—カウンターの後ろのテーブル席
Q3)好きな色は?
—グレー系
Q4)好きなジャズ音楽は?
—ルイ・アームストロング(アメリカのジャズトランペット奏者)
マスターの下の名前「塁」は、ルイ・アームストロングと、初代マスターの好きだった野球の「塁」を掛け合わせたものだという。
Q5)好きな天気は?
—晴れ
晴れた日にバイクに乗るのがマスターの趣味。
Q6)新宿の好きなところは?
—色んな文化が入り混じっているところ
Q7)DUGを訪れるおすすめの時間帯は?
—どの時間でもウェルカム。
Q8)大人とは?
—ジェントリーで、空間を楽しむ余裕のある人。
Q9)しあわせを感じるときは?
—仕事中はお客さんとおしゃべりをしていい時間を過ごすこと。
家では、趣味をしている時間。最近は料理も好き。
Q10)今後の新宿DUGの展望は?
—変わらずに変わる。
昔からの良い部分は変わらないまま、時代の流れにも沿うようなお店であること。
四六時中、自分の耳を塞いでいたイヤホンをとって、ジャズの流れる空間に身を委ねる。すると、呼吸がだんだんと深くなっていくのが分かる。良質な音楽に包まれていると、張りつめていた心もオフモードに切り替わっている。せわしない日常を送っている大人には、こんな息抜きの時間が必要だろう。
取材中も私のことを「彼女だよ」と従業員に言って驚かせたり、冗談を欠かさないマスターは上手く遊びながら生きる余裕のある大人にみえた。
気になるなら、踏み込んで、分からなかったら聞いて、疲れたら休めばいい。完璧じゃないから余裕は生まれる。難しく考える大人になってしまった“元子供たち”にはぜひ、こんなシンプルなことをまた思い出してもらいたい。
マスターは常連さんの帰り際に、合言葉のように「また明日」と言うらしい。モノじゃなくても、なにかを持って帰ってほしいという願いもこめているという。
明日もできれば会えるように。会えなくても、なんとなく明日が楽しみになるように。
新宿DUG
東京都新宿区新宿3-15-12
12:00~23:00
cafe time 12:00~18:30 ノーチャージ
bar time 18:30~ テーブルチャージ 500円
Jazz Cafe Bar DUG ジャズカフェ&バーダグ (東京 新宿 )
インタビュー&文、写真:モモコグミカンパニー