コーヒーと失恋話 連載第9回

クラシック

 今回の舞台は、なんと北海道、函館の喫茶店!


 函館駅についたら、市電に乗り換える。
 夏真っ盛りの8月半ば。しかし、東京とは違って車内には冷房は効いていない。その代わり、開け放たれた車窓からほんのり海の匂いのする風が吹き込んでくる。

 6駅目の谷地頭駅にて下車。

 地上に降りるとまず、広い空、濃い緑の山々が目に入ってくる。澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込み、深呼吸。この場所には、自然を遮るようなものが一切ないようだ。
 店並を数十秒歩いていくとおしゃれな建物を発見。


 今回の訪問先、『クラシック』だ。
 看板は出ていないが、扉には喫茶店の象徴であるコーヒーカップが描かれている。

 店内に入ると、カウンターの奥で作業中の男性と端の席で編み物をしている女性とそれぞれの手を止めて、こちらに笑顔を向けてきてくれる。


「よくここまで来てくれました」


 今回お話を伺う、近藤さん夫妻だ。

店主の近藤さん夫妻[左:裕紀(ゆき)さん 右:伸(しん)さん]


 事前に連絡をとっていたのは、夫の伸さんだったため、ナチュラルにお店に溶け込んでいた、妻の裕紀さんを最初、お客さんだと勘違いしてしまった。
 そのことを伝えると、裕紀さんは「まあ、私は編み物してるだけだしね」と親密な笑顔で答えてくれる。短い前髪と、赤いワンピースがよく似合っている。
 カウンターには縫いかけの手編みの靴下がある。裕紀さんは、自身で注文を受けて靴下を手編みしているのだという。

 店内は奥行きがあり、手前にカウンター席、奥にテーブル席が広がっている。
 市電の中と同様、冷房はついていない。それでも、少し開かれた扉から入ってくる風がエアコンよりも心地良い風を送ってくれる。

 席につき、プリンとアイスコーヒーを注文する。

 少し硬さのあるプリンは甘さ控えめの生クリームとよく合い、さっぱりとしたアイスコーヒーは旅の疲れを癒してくれる。
 プリンは、元料理人の夫の伸さん考案で全て函館のもので作られているようだ。

 お店に強いこだわりを持つ伸さん、対照に「私は何もしてない」と一歩引いたゆるい雰囲気の妻の裕紀さんは仲睦まじそうだ。風通しの良い店内で、美味しいプリンをいただきながら、まずは2人のなれそめやお店を始めたきっかけから聞いてみよう。

 

実は、お試しで付き合ってみた

 

 意外にも2人の出会いは東京なのだと言う。


【伸さん:以下S】僕は東京出身で、19歳からずっとお店をやっていて、自然が好きでずっと地方で暮らしたいという夢があったんだ。函館は奥さんの出身地なんだよ。
【裕紀さん:以下Y】上京して、仕事をしていて、偶然行ったお店で働いていたのが彼だったんです。彼がお客さんの私に声を掛けてきてくれたんだけど、当時私は32歳で彼は26歳、妹より年下なんだって思って。正直、恋愛対象には見れなかった。だから最初は断ったの。
【S】そう、実は一回振られていて………。
【Y】でも、また後日お店とは別の場所で偶然あって、そっからお試しで付き合ってみたんだよね。まあ、いっかって。(笑)

 

東京は、諦める理由が見つからない

 

【S】それから3ヶ月でもう結婚して、函館でお店を開いた。始まりは’お試し’だったのに、彼此今年で12年も一緒にいるね。
とんとん拍子?そうかもね。でも、付き合って別れるのも、結婚して別れるもの大して変わらないと思うタイプなんだ。
【Y】東京にいると沢山の出会いも選択肢もあるから、決めるのが難しいよね。
「これが欲しい!」と思ったら、いくらでも探せるし、底がない感じがする。諦める理由が見つからないというか。だから、なかなかスパッと決められない。でも、ダメだったら別れればいい、ダメになった時に考えればいいって思う。実は、彼と出会う前に私は身体が危険な状態になったことがあって……。その時、人生って案外あっさり終わってしまうかもしれないと思ったの。だったら、悩んでる時間はもったいない、やりたいことはやっちゃおうって考えになったんだよね。 

 

思い描いていた大人


 裕紀さんが過去の写真を見せてくれた。今とは全然違う、黒髪のロングヘアだったり、体型が全然違ったり、どれも別人に見えて驚いた。流れるようにそのときを生きる裕紀さんと一貫した信念を持った伸さん、一体どんな大人に憧れていたのだろう。


【S】僕は子供の頃から、目標が明確にあってそれに突き進むって感じ。自分で舵をとる、流されないタイプかな。今も手に職をつけて、地方に暮らすっていう夢を実現してるし。
【Y】私は、思い描いていた大人とは違うかな。私は今、45歳だけど、45歳ってもっと大人だと思ってた。地元に戻って喫茶店まさかやってるとは考えてなかったし。でも、食べれているからいいじゃんって感じかな。真逆なタイプだね。
【S】そうだね。僕はアウトドアが好きで、山登りもよくする。だけど、一緒に二人でそれをやろうとはならないよね。無理に自分の好きなことを共有しないっていうか。お互いの好きを押し付けないのは長続きの秘訣かもなあ。
この街は、みんなが顔見知りで仲が良さそうに見えるかもしれないけれど、合わない人だってもちろんいる。そんな人たちとは、割り切って接すればいい、無理して合わせることはしないよ。

 

クラシック店主 近藤伸さん・裕紀さんに10の質問

 
Q1)好きなメニューは?
伸さん/裕紀さん(以下同)
―コーヒー/コーヒー

 

Q2)好きな席は?
―お店の真ん中の席/お店の真ん中の席
隠れられる席。こっそりできるから

 

Q3)好きな天気は?
―雪/薄曇り

 

Q4)好きな音楽は?
― ゆったりした音楽/何でも聞く(特に好きなアーティストもいない)

伸さんが店内でよく流している音楽haruka nakamura

Q5)店名『クラシック』の由来は?
―クラシック=古いモノもの=ちょっとほっとするものという連想から。
 日常に馴染むお店にしたい、お店があることでシック(上質)なクラシ(暮らし)をという願いも含まれている

 

Q6)好きな色は?
―黄色/ピンク

 

Q7)接客で心がけていることは?
―こちらから話しかけない、放っておくこと/お客さん扱いしすぎず、自然体で接する

 

Q8)リラックスするためにしていることは?
―毎日のように海に夕焼けを見に行く/週一回温泉に行く

 

Q9)函館の好きなところは?
―海も山もあるところ/少し影があるところ

 

Q10)これから楽しみなことはなんですか?
―未来の全部が楽しみ。生きながら映画を見ているような気持ち/自分がどんなおばあちゃんになるのか楽しみ

 

後記

 

 信念やこだわりを強く持っている夫の伸さん、流れるように生きる妻の裕紀さん。どちらの生き方も幸せで自由な人生を歩んでいるように見えた。お二人は仲良く寄り添ってはいるけど、お互い寄りかかっていない、そんな印象がした。そんな空気感はこの雄大な土地で、のびのびと生きているこの街の人々にも、もしかした共通している部分かもしれない。

 澄み切った空気、美味しい食、海、山、暖かい人、静かな愛、、、。この街に足りないものなんてないだろう。とても満たされているように思えた。都会の方が何でもあるはずなのに、不思議だった。

 東京には、沢山の人やモノ、どこまでも理想を突き詰められる無限の可能性がある。しかし、私たちの人生は有限だ。そんな当たり前の事実も麻痺してしまっていたことに気づく。理想を追い続けることが人生を短くしている可能性もある。

 夢があっても、なくてもいい。何かに流されてもいい。けれど、その渦中で怖がって目瞑ってしまわないこと。自分で舵をとっても、流れるように生きても、結果同じ場所に行きつくこともあるだろう。
目の前に起きたことを自分にとって意味のあるものとして受け止めること。
 そんなことが“風通しの良い“人生の秘訣かもしれない。
 広すぎる空の下で、そんなことを考えた。


クラシック
北海道函館市谷地頭町25−20
11:30〜21:00 LO
定休日 火曜、最終水曜日
https://classic-hakodate.jimdofree.com/
Instagram @classic_hakodate

 

♢裕紀さんの編み物
Instagram @my_little_knit_products

インタビュー&文、写真:モモコグミカンパニー