コーヒーと失恋話 連載第1回
私語厳禁、一歩入ればそこはファンタジーな秘密基地。
聞こえるのは、人の話し声でもなく、音楽でもない。ただ水の音が響き渡る。
ファンタジックでこじんまりとした落ち着いた店内。目の前に出された紅茶は、一見普通の紅茶なのに飲んでみるとフルーティーで深みがある、いい裏切られ方をされた気分。さらっとしているようで奥深く、しっかりと主張をもっている、まるで凛とした一人の人間のようだ。
店主の渡邊さんもこの店内に負けず落ち着いていて、ちょっとやそっとのことでは動じない空気感がある。そんな渡邊さんから、人と人との関わりについて、“恋”をベースにお話を聞いてみる。
好きになりそうな人がいると、うわって、嫌な予感がするんですよ。人を好きになった時のペースを乱されて、いつもの自分でいられない感じが苦手で、例えば夜中に目がさめたり、昼夜逆転したり、そんな風になってしまうんです。
恋愛は、悪い風邪を引いたような感じです。
だから、その気持ちを早く終わらせようって自分の中で先取りして失恋してしまうこともありましたね。
一人のほうが気持ちも安定するし、散歩とかも好きなので一人のほうが安心できます。でも恋愛してしまうと、ペースを持っていかれてしまうんです。本来の自分でいれなくなってしまいます。
そもそも、好きな人がいないときに人と付き合いたいって全く思わないんですよ。
一人ではさみしいと思わないので。
例えば、一人でさみしいから、誰でもいいからという気持ちで恋愛するなら、ペースを乱されず、たんたんとしていられたのかもしれません。
でも、一人でいるのが好きと言っているのは、本当の意味で一人じゃない、孤独じゃないからなんだと思います。お店をやるようになって気づいたんですけど、人に支えられているから、一人が好きと言えるんだと思います。本当に孤独ならそんなこと言っていられないと思いますから。
昔はさらっとした人間関係が好きだったし、他人に傷つけられるのなんてすごく嫌だったけど、最近思うのは、誰にも傷つけられないのも寂しいなということです。
人とは適度な距離感も必要だし、悪くない。でも、そういう距離感の人たちって、あまり記憶に残っていないんです。そう思うと、今自分がつくられていったのは、傷つけて、傷つけられる、そんな距離感の人たちのおかげかもしれないです。
Q1)自分のお店の好きなメニューは?
—乳茶
その時々によって味を少しずつ変えているよう
Q2)アール座読書館の中の一番好きな席は?
—前から3番目の柱の近くの一番小さい席
Q3)好きな天気は?
—雨なら雨、曇りならとことんどんよりと、晴れなら思いっきり晴れているような
振り切っている天気
Q4)好きな時間帯は?
—夕方
Q5)好きな本は?
—ミヒャエルエンデ著『はてしない物語』
Q6)好きな色は?
—ワインレッド
Q7)好きな曲は?
—『Alone Again (Naturally)』-Gilbert O’Sullivan
Q8)好きな映画は?
—アンドレイ・タルコフスキー監督の映画
「水の監督」ともいわれている、映像芸術が素晴らしく、セリフがとても詩的
Q9)一番印象に残っているお客さんは?
—お客さん第1号の方
自分が思っているお店の使い方をしてくれて安心したから
Q10)好きな言葉は?
—「今日という一日は、残りの人生最初の日である。」
(チャールズ・ディードリッヒ)
一つ一つの質問にああでもない、こうでもない、と真摯に答えてくださった店主の渡邊さんは「恋愛は悪い風邪」と言い切る。
どんなに体調に気をつけていても風邪をひいてしまうことがある。それと同じように、いくら人と距離をとっていても恋をしてしまうことがある。避けようのないものの例えとして、“風邪”という言葉が渡邊さんからでてきたのは、自分に嘘をつかない恋愛をしてきた証なのだろう。
自分に嘘をついていないだろうか。一人が怖いという人にこそ、このアール座読書館で無言の中で自分の声に耳を傾ける時間を味わってもらいたいと思った。
ちなみに私はBiSHに入った当初、悩んでいるときによくアール座読書館に通っていた。そのころのお気に入りのメニューはカルダモンココア。お気に入りの席は……秘密です!
アール座読書館
東京都杉並区高円寺南3-57-6 2F
月曜定休 祝日の場合は営業、翌火曜休み
http://r-books.jugem.jp/
インタビュー&文、写真:モモコグミカンパニー