コーヒーと失恋話 連載第4回

喫茶天文図舘

 阿佐ヶ谷駅から徒歩1分の街並みに店を構える喫茶天文図舘。2020年8月にオープンしたばかりで、店主の山城さんは今まで取材してきた中でも最年少の26歳だ。

 山城さんは夕焼けや、夜空など、自然の中の空間を愛し、自分でもノスタルジーな空間をつくりたいと始めたという。笑顔が素敵で話しやすいおおらかな雰囲気をまとった山城さんだが、お店を始める前はロケットの打ち上げを見たくて、北海道から種子島までヒッチハイクをしたり、その後も1年以上種子島に移住していたアクティブな一面もある。

 店内に入るとまだお店は新しいはずなのに、どこか懐かしい雰囲気が漂っているから不思議だ。2階席のランプで薄く照らされたノスタルジーな空間に身を委ねながら一緒に“想い”について考えてみましょう。

店主の山城隆輝さん

あのときが人生の頂点だったのかな

 僕は、高校時代野球の強豪校にいました。甲子園に憧れていて、野球をやるためにその学校に入ったんです。授業中は体力温存のために眠って放課後や野球に全力をささげるって感じでしたね。本当に、その頃は野球が全てでした。

 でも、大学生になってからは野球から身を引きました。高校時代、プロに行くような人を沢山見てきて、自分が野球を続けようとも思わなかったです。プロに行く人は全然違って、同じ人間なのかなと疑ってしまうくらいなんですよ。

 野球がなくなってからはすごく悩んで、もがいて、しばらくは迷走期でしたね。自分の人生の全てだったものがなくなって、燃え尽きてしまった感じでした。大学時代も読書とか、剣道とか、色々やってみたんですけど、高校野球の輝きには勝てなくて、やっぱり高校時代のあのときが人生の頂点だったのかなと思ってしまいましたね。

喫茶店は苦手でしたね

 自分が喫茶店をやるなんて考えてもいませんでした。むしろ、カフェとか喫茶店とかって苦手な部類だったんです。女の子たちが写真を撮ってインスタにあげて……みたいなわちゃわちゃしたイメージがあって……。でも大学時代の彼女にある純喫茶に連れていってもらって喫茶店のイメージがガラッと変わったんです。それからは一人で通ったりするくらい、喫茶店が好きになりました。

 そんなきっかけを作ってくれた当時の彼女とは結局別れてしまったんですけど、長く付き合っていたのもあって、別れた後も事あるごとに思い出してしまってましたね。でも、そのときは自分の気持ちに蓋を閉めてしまって、きちんと自分の想いに向き合えませんでした。蓋を閉めてもいても隙間から想いは漏れている感じで、結構引きずってましたね。女々しいですね、あはは。でも今の自分だったらもっと向き合えるだろうなと思うんですけどね。

人の想いが内装になる

 1階はカウンターになっていて、お客さんと距離感近めで僕もお話したりします。2階は一人で物思いに耽れたり、読書を楽しんだりと、お客さんそれぞれの好みや気分で居心地のいい場所を選んでいただければと思います。

1階のカウンター席

 2階では、お客さんが手紙も書けるようになっています。

 お客さんに手紙を書いてもらおうと思ったきっかけが、自分自身も通っていた喫茶店で、お客さんが壁に落書きしたり、メモ帳にメッセージを残したりしていて、うちでもやりたいなと思ったんです。来店した時期も全然違うのに、知らない人と気持ちを共有できるのってとても素敵なことじゃないですか。

 目に見えなかった人の想いが手紙という形になって、その手紙を本棚に飾ったら内装になるって気が付いたんです。だから、これから将来どうしよう、とか迷走している時期って、時間が経てば消えてしまうけれど、こうやって形に残すこともできる、やっぱり無駄じゃないんですよ。

2階の本棚のいたるところにお客さんの書いた手紙が挟まれている

 いつか、この本棚がお客さんの書いた手紙で埋め尽くされて、この空間一帯も、お客さんの想いで成立するような場所になればいいなと思っています。そういうのって本当に、再現性のない唯一無二のものですよ。お金持ちが10億円出しても買えないじゃないですか。

喫茶天文図舘店主 山城隆輝さんに10の質問

Q1)お店の名前の由来は?
―宮沢賢治の世界観からインスパイアを受けた空間であることと、
人々の人生が図鑑みたいにこの空間に収められたらという想いから

Q2)好きなメニューは?
―紅茶 お客さんからもよく褒められます

Q3)好きな席は?
―2階の真ん中の地球儀の置いてある席
 この机は90歳のおじいちゃんが18歳のときに初任給で買ったものなんですよ

Q4)好きな天気は?
―雪

Q5)好きな色は?
―濃紺

Q6)好きな本は?
―宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

Q7)お店のこだわりポイントは?
―余計なものを置かない

Q8)阿佐ヶ谷の好きなところは?
―下町感があって、バランスが良く、落ち着いていているところ

Q9)印象に残っているお客さんは?
―子供のころの知人が15年来に来店してくれた

Q10)これからの目標は?
―お店を100年続けること

後記

 人の想いは、形になる。そのことを今回の取材で思い知らされたように思う。山城さんの空間に対する情熱や喫茶店を愛する想いが「喫茶天文図舘」を作り、その空間でまたお客さんが想いを連ね、それらがまたお店の内装になる。

 「余計なものは置かない」とお店のこだわりで挙げていた店主の山城さんだが、いずれは本棚がお客さんの書いた手紙で埋め尽くされればいいと言っているのが印象的だった。山城さんにとって人の想いは余計なものには分類されないのだろう。

 店内には手紙以外にも、90歳のおじいちゃんが18歳のときの初任給で買った70年来の机が置かれていたり、友達と一緒に彫ったお店の看板など、想いのこもったものが沢山あった。この店に感じるノスタルジーにはきちんと理由があったのだ。

 想いは時に人の邪魔をしたり、無駄なものに終わることもある。けれど、どんな想いも余計なものではなく、人生を形作っていく貴重なものだろう。

 お客さんと共に空間を形作っていく喫茶天文図舘、100年後はどんな姿をしているのだろう。想像するだけでわくわくしてしまう。

喫茶 天文図舘
東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-1-7
平日 17時~21時
土日祝 14時~21時
喫茶店 | 喫茶 天文図舘 | 阿佐ヶ谷 (wixsite.com)
instagram @kissa_tenmonzukan
twitter @nostalgiakenkyu

インタビュー&文、写真:モモコグミカンパニー